Re: 【小品集】イデアリスタ ( No.9 ) |
- 日時: 2008/05/19 23:45
- 名前: Raise
- 【リトル・グレイシャス・カモミール・ワルツ】
欲張りで、人目をいつだって気にするような人なら、みんなハーブティーに強い憧れを抱くものだと思う。ビターな失恋小説とか、女の子の手記とかに、そっと添えると、とてもお洒落なもののように思える。ぼくも実際そういった人間のひとりだったから、ハーブティーはとってもキュートな飲物だと思っていた。それから、ぼくには到底手の届かない、エメラルドみたいなものに思っていた。 だけれど、ハーブティーは案外あっさりと、百貨店地下二階食料品売場、その一角にカラフルに整列させられていた。しかも、フォション(これとセイロンが、ぼくの唯一知っている紅茶のブランドだ)みたいに、むやみやたらと高くもない。財布にも余裕があったから、店員さんにちょっとうろんげな目で見られることを堪えさえすれば、憧れのハーブティーが手にはいるのだった。 ぼくはハイビスカスと何かの果物の取り合わせたのを飲もうと思っていたけれど、ビタミンCの爆弾だなんていうキャッチフレーズがその果物にくっついていたものだから、その隣のカモミールフラワーに手を出した。真っ青なパッケージもいかにも親しみやすいような気がした。ぼくは、何とか無事に、購入に辿り着けた。 ぼくは儀式めいたことをやるのが好きだから(おこちゃま、なのです)マグカップも専用のものを買わなきゃいけないな、と考える。百円ショップレジ横の棚からマグカップ、アイボリーのラベル付きを手に取る。乳白色というか、ちょっとくすんでいるのが良かった。ぼくは、やっぱり無事に、食器も揃えられた。
バスの中で、誰にも見られないよう注意しながら、パッケージを観察してみた。「CAMOMILE FLOWERS HERB TEA」とまず前面に押し出されていて、camomileというスペリングがとても可愛らしいことに気付く。「POMPADOUR」という商標もきっちり張ってある。 側面。「ハーブティーはポンパドール。世界中で選ばれています。」という言葉が、少し味気ないというか、勿体ない気がしたけれど、そのすぐ下、「No.504 カモミールフラワー」というのが、やっぱり細やかな幸福の予感、みたいなものを思わせた。向かいの側面には効用がある。「ほのかな甘味とリンゴのような優しく暖かな香り。昼は気分をリラックスさせ、夜は安らかな夢にいざなう癒しのハーブティーです。蜂蜜、ミルクやレモンを加えてもお楽しみいただけます。」癒しの、というと、やっぱり味気ないけれど、リンゴのような、といわれて、やっぱりちょっと幸せになる。 パッケージ前面、camomile……の群の下、カモミールが少女趣味をそのまま体現したようなちいさな花を結んでいた。レモンイエローの雄しべ雌しべを、ミルキーな花びらがしなやかに支えている。白い帽子をかぶっても、そう恥ずかしくはない年頃であれたらな、と少しだけ、寂しく思った。
自室でこっそり淹れた。蒸すのに丁度いいものが無かったから、ドフトエフスキーの「白夜」を使った。しばらくしてから取り外すと、「白夜」はびしょぬれだった。そこには、カモミールのつん、としたにおいがあった。でも、それは何だか薬か何かのようで、マグカップのみどりいろ、もそんなにおいしそうじゃなかった。実際に飲んでみると、優しくない、みどりいろの味がした。 勿体ないから、全部飲んだ。全部飲んで、すこしだけ、寂しくなった。
一パックは二杯分のためにあるらしいので、風呂で飲もうと思い、もう一杯淹れた。今度はミルクを入れようと思って冷蔵庫を開くのだけれど、あいにく牛乳が無い。仕方なくスジャータのポーション(これも幸福な言い回しだ)を取る。ひとつめは花言葉、祈りでサンダーソニアだった。勿体ないと思った。次は9月15日、すすき、心が通じる。良い調子だと思って、それから次、11月13日、さるとりいばら、元気になる。ゴージャスではないけれど、ささやかな気品のある数字だった。 赤ポットで湯を沸かす。すぐに沸く。まだ抽出も終わっていないうちに蓋もしないですぐに風呂に持ち込む。身体を洗いながら、もう、みどりいろがそこにある、ことに、やっぱりまだ幸福の予感がある。パックを取り、ポーション二つ。 紅茶とポーションが渦巻いて生まれる、琥珀のらせん。ぼくはいつもあの色合を美しく感じるけれど、カモミールのも、やっぱり綺麗で、それから可愛らしかった。ペパー・ミント・グリーンのらせん。ぐるり、ぐるり、と白が底に沈む。あまりにちっぽけだけれど、そういうところに美しい何かがあるから、わたしたちは幸せに生きていけるのだと思う。 ポーション入りのカモミールティーは、やさしい味がした。飲んでいると、たぶん錯覚なんだろうとは思うけれど、とてもやわらかな気持ちになった。この気持ちを、どう言えばいいのか、少しだけ戸惑う。でも、やっぱりペパー・ミント・グリーンの、ゆるやかならせんが、そのままの全てだ。 飲み干してから目をつむっていると、全てが少しだけれど、近くなったような気がした。風呂の波音も、シャワーの音も、海のかけらを持っている。カモミールティー、とろりと流れ込んできたカモミール・ポーション・ティーは、花のかけらを持っている。海と花のかけらに抱かれているようで、まどろみが美しかった。 リトル・グレイシャス・カモミール・ワルツ。
結局、カモミールティーというのは、そんなに輝かしいものじゃなかった。ふつうの、お茶だった。リンゴの香りもしないし、ほのかな甘味もそんなにしない。けれど今ぼくは、らせんの残香、を知っている。洗い流してしまっても、ほんのりとマグカップから漂う、あまり優しくないけれど、でも少しだけ温かい、みどりいろを知っている。カモミールのらせんが、しなやかにとろけていくのを知っている。 だからぼくは、こうしてここに、あのらせんを残しておくのだ。
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