Re: 【短編集】【首輪とサーモン・ベーグルと語 ( No.5 )
日時: 2007/11/25 23:35
名前: Raise

【twilightベクトル→】

 赤い、光のベクトル。落日の黒と赤が混じり合った光が、この半球上に降り注いでいる。この廻り続ける星の1/2では、また生まれたての光が降り注ごうとしている。月の姿は僅かに変色した空に見え隠れしている。空の情景。荒野のようで。
 目を瞑る。サナトリウムの屋上から見える世界は、どうしてこんなにも黒に満ちているのだろうか。自殺防止用のフェンス。薄汚れたタイル。半分。世界のもう半分にある病院から見る世界も、こんなに薄汚れていて、黒に満ちているものなのだろうか。どことなく寂しげで、枯れている。空が、切り裂かれている。
 twilightベクトル→醜いけれど、しがみつかなくちゃいけない世界。
 私は、眠るということを、知らない。簡単に言うと、睡眠を促す化学物質が生まれつき出ない身体なのだ。体内時計が無いようなものだと考えてくれていい。睡眠欲求が無いから、いつまでたっても目覚めていられる。でも、そんなこと、やっぱり無理なのだ。気付かぬまま酷くスロー・テンポの時間を飲み続けているうちに、脳はもう疲れ過ぎてしまっている。ふらり、と倒れる、らしい。その瞬間の、色合とか、感情とかは、覚えられない。ただ、酷く赤茶けた世界が見えるだけ。視界の全てが、この世界の1/2だけじゃなくて、何もかもが夕日に呑み込まれるだけ。
 twilightベクトル→破滅。或いは、そのうち死ぬんじゃないか。
 この廻り続ける星の1/2の大地に、しがみつくようにして生きている。もしかすると、そのうち死ぬんじゃないか。意識を失うとき、見える夕暮の荒野。そのビジョンは瞳と涙腺の狭間にたゆたう海の中で、だんだんと膨らんでいく。目が、渇いている。空気が、ざらつく。星は廻り続けるのに、どうして私は流浪の民では居られないんだろう。幸福な世界って、何だろう。微睡んで、みたい。その瞬間に幸せっていうのはあるものだ、と誰かが言っていた。でも、布団の中の幸せというのは、眠りに落ちてしまえばもう味わえない。私は、眠れないから、睡眠薬を打ってもらう。生まれつきの身体だから、仕方がない。丘の上のサナトリウムなんて、一昔前の薄幸の美少女みたいで、不意に笑えた。サナトリウムの空が、暮れる。
 twilightベクトル→また世界の向こう側、もうひとつの世界の1/2へ。
 夢を見る、なんてことが始まり出したのは、ある雪の日から。

 サナトリウムの空に、季節外れの雪が降る。秋のはじまり、生温い空気が真っ白な部屋のカーテンを揺らす。私は読みかけていた本を閉じて、灰色の空を見ていた。青と、黒しか無い空の情景に、チャコール・グレー。夕暮の光が、雲の間から眼下の街に柱を作り上げながら降り注いでいる。白。ロシアで、一番綺麗だと言われる色。白が、暗闇に染め上げられながら、降り始める。ふらり、ふらり、と。気まぐれに、踊っている。猫みたいに、ふらり、ふらり、と。季節外れの、雪が降る。
 ……雪が、降ってますね。
 傍らでお薬の用意をしているリリィさんが、呟いた。季節外れの、雪ですね。リリィさんは、私に付きっきりの看護婦さん。それから、時々本を持ってきてくれる人。未婚。それだけ、だ。でも、私はそれだけ、の人が結構好き。寒くない? 身体、冷える? 冷えない。本当? 本当に大丈夫? うん。大丈夫。
 twilightベクトル→雪を溶かす仄かな光。
 リリィさん。明日、天体の本が読みたい。わかったわ。明日、探してきてあげる。リリィさんは読書家で、私が何もしなくていい、と言っているときは病室で一緒に本を読んでくれている。私が、この世界で唯一繋がっているひと。リリィさんは、結構美人だ。雪、きれいだ。私が言うと、リリィさんも、頷いた。雪のフラクタルが、夕暮の光に、また崩れていく。ちいさな宇宙、おおきな宇宙。もう、おやすみの時間ね。リリィさんは、私と一緒にいてくれているときは、いつもやさしい。私が居ないときのリリィさんは、どんな人なんだろう、と私はいつも思う。でも、そのことを口に出したりはしない。リリィさんが仄かに漂わせているオレンジの香りが、とても好き。リリィさんのてのひら、そこにある文庫本に染みついた、花の香りが、とても好き。それだけで、私の世界のリリィさんは、もう十分なのだ。私は、リリィさんが射し出してくれたお薬を、口の中で飴玉みたいにして転がす。
 twilightベクトル→今どこに居る?
 夕暮が見えなくなる。荒野が広がる。荒野が、また世界の1/2の、私の知らない。
 どうしてリリィさんは、こんなにも私に優しいひとなんだろう。

 世界が、ぶつ切りになる。朦朧とした意識の中で、裸足で光を。踏みしめる。目覚めている? 違う。感覚は水底。目覚めてなんていない。夢の中。掴みきれない。フラッシュバック。モノクロームの部屋。ひとりぼっち。残像。通り過ぎていった人達の残像。世界の1/2の上に居るはずなのに、すれ違ってしまった人達。やさしい夜明けが、崩れ去った。月が、バランスを失う。太陽が、笑う。冷たさの周波数。パイプ椅子。座っている。床の上に足を投げ出して、座っている。その部屋に、一人、入ってきた。女の子。
 女の子はモノクロームの床に寝そべって、傍らに持っているスケッチブックを開く。子供心からなんかじゃなくて、もっと悪意にみちたやり方で、散らばった水性絵の具。紫のひとみが、薄汚れた白から、現われ出る。ひとみ、ひとみ。眼球がザクロの果実みたいに、一房になって。女の子は、手でひとみのザクロを、掴む。寒くない? リリィさんと、同じことを、彼女は言う。小さな、黒髪の女の子。メルヘンから悪意を持って飛び出してきたみたいな、白のドレスを纏った女の子。ねえ、病人に対する気の利いた言葉って、寒くない、しかないの。私がそう聞くと、彼女は違うと言う。果物でも、食べる? こんな言葉も、ある。彼女のちいさな掌が、スケッチブックの中にのめり込む。スケッチブックは、水槽への入り口みたいに。ひとみのザクロ。掴み出す。彼女はドレスから果物ナイフを取り出して、赤く充血した果肉を、切り分けていく。眼球はぐるりぐるりとせわしない。果物ナイフを、彼女は私に手渡す。猟奇的。そう? 果物よ。彼女は言う。夢の中の果実なんて、こんなものよ。ざくろの汁に濡れた手に、彼女は果肉を一つまみ。はい、どうぞ。私は、手に取る。食べる。裸足、スウィング。果物ナイフ、左手で回す。甘酸っぱい、味がした。喉が、渇く。ざくろの汁が、喉を伝わっていく。胃の中に落ち込んでいく。さいごの果実。女の子は、窓を開けた。モノクロームの世界の中に、射込む夕暮。どうしてそれが夕暮かは解らないけれど。
 twilightベクトル→単色。
 パイプ椅子を、下りる。白と黒の部屋から、窓の外を。夢の中の地球は廻る速度が速過ぎて、点滅するみたいに昼と夜が入れ替わる。硝子窓に映っているのは、ざくろの汁に唇を汚した私。私は、窓の外に足を踏み入れる。裸足で土を。裸足で苔むした世界を。優しい雨、土のかおり。女の子も、窓から出てくる。森。オレンジの光が、葉をすり抜けて射込み続けている。墓地。石碑の形をした植物群。私は、座り込む。眠れないってことは、死を知らないってこと。意識の断絶を知らないってこと。望んで迎える死を、知らない。それでも、植物群は、石碑の形に成長し続けている。雨の雫を、まといながら。緑色の石碑の中は、温かな暗闇に満ちている。てのひらの果物ナイフで、私は植物質の墓を、そっと切り裂いてみる。
 死者の手が、腐臭を失ったかたちで、そこには眠っていた。死者の心臓が、死者の内臓が、眼が。でも、目覚めている。宿主の無い心臓が、静かに脈動を始めた。手が、内蔵が、リズムを重ねる。光に暴れた死者のピースが、音を響かせ始める。蘇生。心臓の色合は、果実に似ている。掴む。赤茶けた世界。荒廃。死者の心臓を抱きしめて、それから手も。眠るって、どんな感覚なんですか。どうすれば、それが解るんですか。夕暮れの淵が、空を呑み込む。世界が、どろどろになり、モノクロームの女の子が、消えうせる。
 twilightベクトル→世界の、たった1/2へ、また。

 生きているわけでもなく、死んでいるわけでもない。そんな生活。清潔な病室と、煩雑な街。丘をわざわざ登って陰気なホスピスに来る様な見舞客なんて居やしない。それでも、時折人が来る。リリィさんが居るのに、私は壁に耳を当てる。あたたかく、死に満ちた声が、重なり合う。リリィさんは何も言わない。私に必要なものは、睡眠薬。リリィさんに頼んでいた天体の本を、賛美歌をバック・グラウンド・ミュージックに。季節外れの雪はもう泥と混じり合い、何処かに吸い込まれていった。雨の雫や、太陽の光。雪のかおり。そういったものが、どこに消えうせていったのか、私は知らない。死者の魂が何処に行くのかよりも、それは私にとってよっぽど怖い。ざくろが、食べたい。昼下がり。リリィさんに、そう言った。付添いの看護婦が勤務中に病室を離れるわけには行かないから、リリィさんは別の人に買い物を頼んだらしい。すぐに私の部屋にはざくろが運び込まれた。でも、私は、リリィさんにざくろを持ってきてもらいたかった。不服そうにざくろを見ている私に、リリィさんはそっと息を吐いて、私の頭を撫でてくれた。賛美歌が、止まる。リリィさんの細い手に、果物ナイフ。切り分けて、私の口に。口の中で、飲み干した。ねえ、ざくろの花って、どんなもの? フリルみたいな花びらをした、オレンジ色の花よ。見てみたい。ざくろは、花屋には無いかもしれないから、無理かもしれないわね。盆栽には、あるのだけれど。リリィさんの手が、光にきらきらと輝いている。その眩さに息を止めていると、皿を濡らしているざくろの汁が、眼に痛くなってきた。じゃあ、ざくろの盆栽が欲しい。いいわ。買ってきてあげる。リリィさんの手は、花みたいに、きれい。オレンジの香りが、指の隙間からする。ペルセフォネのお話を、思い出す。冥府のざくろを食べてしまったばかりに、生者と死者の間に引き裂かれた、春の娘。ざくろを、六粒。指で数えて、また食べる。もしもこれだけで死者の世界に行けたなら。リリィさんは、秋の光に、手をかざす。リリィさんの夜は、どんな夜なのだろう。睡眠剤で縛りつけられた私とは、違うんだ。あこがれ。聞いてみた。リリィさんは何故か気恥ずかしそうな顔をして、こっちから眼を反らすと、夢を見ているの、と言った。私も夢を見たのだと言った。リリィさんは、少し首を傾けて。ざくろの汁に汚れた皿を、持つ。その手が、輝く。私は黙る。
 眼をつむっても、光だけがただ射込んで。夕暮れが近づくのを、ただ待っていた。また世界の1/2に行ける、その刻を。植物群の墓場と。
 twilightベクトル→ざくろの六粒と共に、今日が永遠に来ない別の場所へ。

 待ってたの、と女の子は言った。墓の庭。私はそこのベンチに座り込んでいた。待ってた? どうして? 寂しかったから。夢見ている間だけでも、誰かと居たかったの。その物言いに私は引っ掛かるものを感じながらも、そう、と言う。彼女の手は、土に汚れている。また昼と夜が、点滅を続けている。ねえ、あなたの名前を教えて。女の子は、スケッチブックと色鉛筆を両手に。教えない。私は、言う。夢の中のひとは、きっと私の頭の中で生み出されたひとなんだから。そう。彼女は、寂しそうに、言う。でも、私、あなたの名前知ってるのよ。不思議だけど……。夢の世界なんて、そんなものじゃない? そうかしら、と女の子は言う。私は彼女の小さな手を握って、墓から歩き出している。死者の心臓は、生物の居ない庭に転がして。指が、あたたかく絡む。昼と夜、死者と生者。ここは分裂したみたいね、と私は言う。庭は続く。踏み石を、手を握ったままで、飛び続ける。分裂? 彼女が、聞き返す。何度も何度も昼と夜の境界線に切り分けられている。その度に島が出来て、その生まれた島がまた別の大地に属することになる。それって、実際の現実と変わらないじゃない。そうなの? 私は、聞く。そんな世界を、私は知らない。そうよ。分裂してる。色んな人間が居て、色んな人が色んなことを考えてる。それで十分、分裂し過ぎよ。彼女のくちびるから、賛美歌。病室にかけていた、あの賛美歌。やがて、庭は終わる。地球の自転が突然に停止する。夕暮れ。ボーダーライン。昼と、夜の1/2。庭の終わりは暮れる荒野。赤い炎が、陽炎の様に儚く揺らめいている。命在る死者・死在る生者。太陽は、矛盾している。この星だって、きっと完璧な球形ではない。彼女が、今度は手を引き始める。私は、それについていく。やがて私達は、錆びた線路の始点と駅に辿り着く。列車に、乗りたいの。座りたい。私は列車に乗ったことが無かったけれど、彼女よりお姉さんなのだから、不安を隠してそうだね、と同意した。夕暮れが、酷くゆるゆると沈んでいる。この島に、光を投げ掛けている。きっとどこかに海があり、海があるなら島がある。巨大な島の鼓動に心臓のリズムを重ねて。ざくろの味をまだ覚えている。甘酸っぱい、眼球のざくろ。この列車に乗ったら、夕陽に近づいていけるよ。彼女は、言う。スケッチブックに、黒の色鉛筆で、何か書いている。何書いてるの? 尋ねたら、彼女はちょっとうつむいて、列車の中で見せてあげるよ、と言う。リリィさんみたいに綺麗な手はしていないけれど、私だって女の子なのだ。夕暮れに、手をかざしてみた。輝いている。夢の中だけれど、輝いている。とても、嬉しく思った。きれいな手ね、と女の子は言う。そうでも、ないよ。私は、言う。
 twilightベクトル→錆びたレールを叩く列車への、待ち時間。
 やがて列車が、一定のテンポで線路を叩きながら、駅に入る。無言。誰も居ないのに、始点、あるいは終点に列車は迎えに来てくれた。線路の行き止まりから、私達は錆びついたレールを叩く車輪の音とともに、夕陽の向う側に行こうとしているのだ。

 赤いシートに、私達は座った。女の子は熱心にスケッチブックに黒いものを書き続けている。荒野は、赤く輝いている。でも、あの赤黒い、血の様な太陽程には輝いていなかった。力強く、死のうとしている。万物は全て失われる為に存在している。らしい。列車は、漠々とした荒野を進み続ける。
 昔、弟が居たのよ。女の子。線路、叩く。一定のテンポ。太陽が沈まない。1/2のままで凝固している。弟はね、死んでしまったの。あなたと同じ病気だった。眠れなくて、眠れなくて。眠りの感覚を知りたい、ってよく言ってた。皆、彼を疎んでた。仕方なかったんだと思う。母も父も、生活に苦しかった。あなたみたいに、ホスピスに入れてもらうわけにはいかなかったのよ。馬鹿げたバラードの歌詞を読み上げるみたいに、彼女は、淡々と。弟はね、睡眠薬を、たくさん飲んだの。それで、死んだ。何錠も溶けきっていないうちに、死んだ。死んでいる弟を初めて見つけたのは、わたし。弟が、眠るってどんなこと、と言うたびに、私は死ぬみたいな感覚だよ、って答えてた。だから死んだのかもしれない。弟の身体が、夕暮れの中に、ふんわりと溶けていた。見えたの、輪郭が消えていくのが。あまりに夕陽が赤かったからそう見えたのかもしれない。けれど、どうであれ、弟は死んだの。このスケッチブックにはね、弟が死んだときのことを小説にして書いてあるの。私には紙が無いから、スケッチブックに書くのよ。昔、小説家になりたかった。馬鹿馬鹿しいロマンスだとか、お涙頂戴の話を書くのが、好きだった。でもね、人が死んでみると、呆気ないものよ、そんなもの。かなしいぐらい、死ぬってことには勝てない。死者には、勝てないのよ、生者は。どうしてかは、解らないけれど、死者っていうのは死んでから途端に綺麗な人になっていく。もしかすると、弟も家族が疎むぐらい嫌な子だったのかもしれない。私が勝手に自分の中で死者のビジョンを歪めてるだけかもしれない。でもね、だとしても、そう信じてるものは、実際にあるのよ。盲人にとっての世界は彼の感覚が捉えたものそのものなのよ。信じることって、とても怖いわ。あなたは、何か信じているものはあるの。信じているひと。たいせつなひと。私は、あなたがとっても大切なのよ。とっても、憎いし、羨ましいけれど。とても、憎い。憎いの。本当に憎いのよ。でも、悔しいけれど、大切なのよ。
 私は、黙る。本当は手のきれいなあの人の名前を呼びたかったのだけれど、私は彼女のことを呼べない。眼球のざくろの味が、身体の中に染み渡る。あの眼球が見ていた世界は。
 スケッチブックが、彼女の手から離れた。とても、きれいな手を、彼女はしていた。荒野に、オレンジの樹が芽生え始める。私は、うつむいている。きれいな手の彼女は、明日も、きっと私の為に本を持ってきてくれるだろう。あの眼球が見ていた、ちっぽけな世界は。赤が、ばらつく。列車が、解体していく。夜へ。
 彼女が、私のてのひらを握って、とてもきれいな手、と言った。あなたの手のほうが、もっときれい。私よりも、ずっときれい。草の墓に眠っていたのは、誰だったのだろう。私は、夢を知らない。私は、夢を見ない。それなのに、何故かこの半分の大地が酷く愛おしかった。彼女の手が、暗闇の中に霧散する。気がつけば、あの心臓が、暗闇の中で煌々と光を放ち続けている。私は、それを呑み込む。りんごの味がする。
 twilightベクトル→混じり合う、灰の夜。

 ねえ、リリィさん。朝日零れるこの地上の庭で。ひどくスローなこの世界で、私は彼女の名前を呼ぶ。なあに? 彼女はザクロの盆栽を日に当たる場所に置いて、返す。リリィさんには、弟が居るの。彼女の手は、きれいなまま。そして声も、かわいらしいまま。居たわ。死んじゃったけどね。リリィさんの声は、とても優しい声をしている。あの手から滲み出る、オレンジの香りが、とても好き。もう、夢は見なくなった? 聞いた。リリィさんの背中、秋の光。冬が、はじまるよ。解らないけど、きっともう見ないと思うわ。そう、と私は聞く。今日はリンゴが食べたいな。わかったわ。後で頼んでおいてあげる。ありがとう。夕暮れにはまだ遠い。今ごろ別世界の1/2を照らしているに違いないだろう。それまで、寝ていよう。もしまだ眠れないならば、ただ眼を瞑って、リリィさんがかけてくれた賛美歌を聞いていよう。
 リリィさんのてのひら、そこにある文庫本に染みついた、花の香りが、とても好き。
 仄かに漂わせているオレンジの香りが、とても好き。
 twilightベクトル→リリィさんの弟が眠る、植物群の墓へ。