Re: 【短編集】【首輪とサーモン・ベーグルと語彙辞典】 ( No.4 )
日時: 2007/10/27 23:29
名前: Raise

【精霊の贈り物にはジュヴナイルを詰め込んで】

 生クリームとか小憎らしい苺とか、生意気なパインナップルの切れ端とか、むっつり顔のブドウのスライスとかが、おもちゃの宝石みたいにして、きらきらと並んでいる。フルーツケーキに含まれている糖分を計算して自分が糖尿病になっている姿を計算して悲痛な気持ちになるよりは、僕はそんなちびっこの宝石箱を見つめている方が、余程好きだったりする。ジュエルの雨が、世界中に降ったら、この世界はケーキみたいになるんだろうか? 窓の外の、凍付いた冬の街。僕は机の上の、憎たらしいフルーツケーキに、フォークを突き刺す。
 いつか、クリスマスケーキを独り占めしてみたいです。
 そんな事を思っていた頃、ちびっこ、ケーキの中が本物の小宇宙の様に思えた、童話の時代。まぼろしの様に煌めいては去っていってしまったけれど、僕はまだそんな事を願っている。今では、何もかもに、小宇宙というものが神秘的に煌めいているという事を僕は知っている。でも、僕はやっぱりその中の小宇宙には触れられなくなっている。ケーキの上の生クリームを汚れた指で触れる頃合いじゃないのだ、寂しいけど。
 独りぼっちのクリスマスには、フルーツケーキの一切れで充分なのです。
 という事で、僕はクリスマス・キャロルを口遊みながら、古き日々の思い出なんてものをビニールと一緒にくるくると丸めて、それから子供達の為にサンタクロースに降り注いでいる光に、透かしてみた。苺を歯でぎりぎりと虐めてやりながら、キウイを舌先で延々と回してやったりして。
 どうしてこんなに寂しいのか、僕にも解りません。
 独り身というのは、辛い。僕は結局、フォークと舌先を渇かせて、皿の上に放り出してしまう。椅子からベッドに飛び乗る。胃液と、よだれと、瑞々しさを失おうとしているフルーツが、僕の前でてらてらと光って抗議する。寂しい。クリスマス・キャロルの代わりには煙草を。僕はライターで煙草に火を付けて、歌の代わりに低い天井に煙を浮かばせる。
 ディケンズの「クリスマス・キャロル」を読もうと思いました。
 奇跡の駄作というか、ご都合主義だから、ディケンズはとっても嫌いだ。ディケンジアン(dickensian)は安っぽいとか異様に滑稽なとか浮かれた、とかそんな意味なのだ。そういう意味では僕もディケンジアンな野郎である。大気は冷たさのベールの向こう側で沈黙している。まぼろし。小宇宙。唇で塗れてこびりついたクリームを、僕は舌で舐めとる。本棚から、世界文学全集のディケンズのを取ってくる。
 そして、凍付いた街から、僕のサンタはやってきた。
 僕が彼に何をしにきたんですか、と言う。彼はプレゼントを配りに来た、と言う。サンタは宇宙人で、そこまで願いが届くには何光年もの距離を祈りが往復する必要があるんだと思ってました。僕がそう言うと、サンタはけらけらと笑った。その願いを持ってきたんだよ。そうして袋から取り出したのは、クリスマスケーキのワンホール。僕は皮肉まじりに、子供の頃に帰ったみたいだと言った。彼はなら嬉しいなと言って、窓の外から飛び出していった。きっと夢とか希望とか愛とかを失ったらしい大人に、ああやって色んなプレゼントを押し付けてくれるのだろう。
 煙を、吐く。天井の空が、埋まる。世界が、狭くなる。
 僕はテーブルの上のクリスマスケーキと、元々あったフルーツケーキをごちゃまぜにしてフォークを乱暴に突き刺した。独り身も、大人も、全く寂しい生物なわけです。僕はちびっこみたいにして、まぼろしが潜んでいた小宇宙を、胃液の中に溶かし込ませてやる。ディケンジアン。さよなら、ジュブナイル。
 ディケンズの「クリスマス・キャロル」を読むには、まだ僕は幼いみたいです。