[1883] 【短編】マタニティア
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- 日時: 2008/02/05 22:09
- 名前: Raise
ID:kIBYE99c
- 【マタニティア】
愛している、という言葉は、メロドラマでもない限り、どうも永遠に意味を持ち得るわけではないらしい。言葉だって、そりゃあ、朽ちてしまうだろう。まあ、それは仕方ない。愛も、朽ちてしまう。うん、それも仕方ない。人間は、愛を乗り換えていくんじゃないかな、というのが、最近の持論である。だからといって、 「愛してるよう、ユースケ」 「俺も愛してるよう、晩ご飯はカレーがいーや、外出るときは鍵かけてね」 なんて玄関先で使われてしまうようになったら、愛している、という表現も、そろそろ寿命を迎えてきたんだろう。ひとつの愛情が、クロニクルの終わりの如く(しかも、それはそんなに仰々しいことじゃない!)あっけなく死んだ。おいおい、私はぷっくり膨らんだ腹を撫でながら、洗濯物を干す。 アパートから見える空は、水槽みたいに、ステレオタイプ。静か過ぎるのに、街はどこか煩雑で、ちょっぴり息が詰まる。タオルはねぼすけの春風にぶわっ、と膨らんではしぼむ。やるせねー。若妻、新婚さん、テレビをつける、おなじみの昼ドラ。そんなのやってたら後から包丁で刺されちゃうぞー、とか、画面のアホ男を応援しておいた。まあ、ああいう奴は、意外と居ない。悲しいかな、ユースケ君はいい子である。貧乏だけど、誠実で、働き過ぎなんじゃないかなあ、って思うぐらいに働いていて、うーん、完ぺきな奴である。しかし、私はやるせねー。画面の中のクソ女と負けず劣らず強欲である、私というやつは。ため息付いた。惰性でドラマ、ドラマティックな惰性だなあ、とか、ちょっと思ったり。 買い物行かなきゃなあ、とか思った。鍵閉める、手提げ袋(エコは大切だ!)、おまえ重いぞ、とか、赤ちゃんに悪態ついてみる。しかし、困ったなあ、私ったらユースケを愛してないわけである、とっくに春は過ぎちゃったわけなのだ。横断歩道、真っ昼間の太陽は車の為に用意されている、信号機ループ。どーすんのよこれから、と、私Aが言う、愛してなくて子供なんて作ってなくておっけーなのー、とか。反論、私B、いや、大丈夫っしょ、何とかなるっす、生きてけるっす。ためいき。相変わらず、暢気である。商店街で、近所のおばちゃんに会う。 「まあ自分で買い物行くなんて偉いわね身重なのによく誰かに頼んだらどうかしら」 「いえ私だって主婦ですからこれぐらいはしないとそれに迷惑かけるわけにもいけませんし」 「そんなこと言わないでよよく言うじゃない困った時のお隣さんって全くそうでしょ私も昔はよくご近所の方に手伝ってもらったもんよ」 「そんな時代があったもんなんですね今なんて私のご近所さんみんな冷たいですよ」 「そりゃ悪いのはあなたよあなた今苛々してるんじゃないの身重だし」 「ですよね身重だからきっと苛々してるんですよね身重だから身重ですから」 身重。会話を終えると、おばちゃんは、そそくさと。何かとってもめんどくさいことを押し付けてやろうと思ってたのに。身重、口元で繰り返す、ばがけてるぞー、とか、言ってみたり、痛いのかなあ、妊娠って、やっぱ、色々、考えた。脈絡の無い話で、けっこう、ブルーになれたりする、私はガキである、感じやすい子なのだ、感性豊かと言って欲しい。マタニティ・ブルー? ノン。ワールド・ブルー、セクシュアル・ブルー、フェミニズム・ブルーだ。想像した。身重の私なら世界征服もできることだろう、ちょっと考えて、自分疲れてるなあ、とか。 スーパーに行ったら、そりゃあカレーの材料を買ってやろうと思う。お腹の子は男の子、名前が決まってないから、勝手にユースケ二号とか読んだりしている。牛肉(いくら家計が苦しくてもカレーは牛肉以外認めんのですぜ)、じゃがいも、にんじん、ルー、ガラムマサラ、ステレオタイプのカレーライスは最高である。やたらめったら重い荷物を持って、またアパートに帰っていく、あまりに道は長い。空はマタニティ・ブルー、雨を生もうとして真っ青になっている。そんな少女めいた想像力がまだ残ってることに我ながら笑えた。くそう、まだ私はお母さんにはなりたくないかもしれんぞう、とか、すごく、無責任なことを考えた。カレーの材料片手に少女漫画を大人買い(ユースケ君には秘密だ、すごく悪い)していく妊婦ってのは、さぞ奇っ怪なことだったろう。しかし、私は書店員の視線など気にしないのだ、身重だしな。くそう、おばちゃんめ、私にこんな奇怪な思想を植え付けやがって、私は少女漫画にどうして重力がかかるのか、不可解でならなくなる。重みを増した荷物をえーこらえーこら、平坦真っ直ぐどこまでも長い道。 私も、女から生まれてきたんだ、とか、不意に考えたりした、汗まみれで。ひとりの子宮に子の子宮、子の子宮に孫の子宮、うーん、難しい、すごいことだ。ひとつの卵細胞が永遠のたまごを産み落とす、すげー、とか。でも、やっぱり、子供を産む、って、そんな覚悟、私には無いんじゃないかな、とか、愛してけるのかな、とか、すごく、すごくすごく不安になった。晴れすぎた空は、ぱっくりと口の開いた子宮を思わせる。子宮の迷路に何億人の赤ちゃん。愛せるのか、って、むずかしいよね、とか、最近起こった乳児虐待事件のこととか思い出しながら。そりゃ、本能としてプログラミングされてるのかもしれない、でも、こどもを愛する、って、すごく難しいことのように思える。かーさんやおばーちゃんがそれを平然と出来た、ってのが、偉大なことに思えてきた。うそ、あのひとたちあんな凄かったの、みたいな、近所のおっさんがノーベル賞取ったみたいな。なーんかそんなこと考えてるうちに、ホントにブルーになったりしたので(びっくりするほどマタニティ!)走ろうとした、が、しかし、走ったりしたら赤ちゃんに悪いんじゃないか、考え直す。すり足で早歩き、少女漫画と、カレールーと野菜諸々。 狭過ぎる部屋が、妙に広漠なものに思えて、不安になる。もう何もかもが不安だ、ベビーベッドの上に荷物をぶちまける。何かのシュールなアートみたいだなあ、とか考えつつ、スペースのない部屋で寝転んでみた、ティッシュの小箱を枕にして。おなか、さわる、やさしい、けど、とても、こわいものが、そこにある。こわいなあ、と思った。何かはよく解らないんだけど、何だかとても、こわいのだ。昔見た世紀末ムービーみたいに、自分の子が悪魔みたいに思えてきた、とその瞬間、ユースケ二号は私の腹を、おまえ何言ってんのちょっと病院行ってこい、と言わんばかりに蹴ってきた。こいつ、もしかして賢いのか、とか考えながら、張詰めた自分のお腹を、薬指で、つん、つんと、やってみた。羊水たぷたぷ、私の腹は、コルクボートみたいだ、と唐突に思った。すげー、と思った。私のお腹に、赤ちゃんがいる、私と同じベクトルで、重力にびーんと縛られている。すげーなあ、とか思った矢先、感情ゆりこはマイナス方向、やっぱ、こえーなあ、とか。あんまりにも不安定なので、とりあえず電話してみることにした。かーさんにすべきか、と思ったが、しかし、かーさんに電話をかけるのは何故かためらわれる(私のお母さん、だからかもしれない。私の居た子宮をもっているひと、だから、かなあ)ので、おばーちゃんにかけることにした。ばーちゃんは、クールである、ドライである、かーさんよりずっと頼りにならない。でもまあ、ばーちゃんの腹から産み落とされたわけではないから、よしとしよう。 「もしもしばーちゃん」 受話器の向う側からはドライヤーのぶーんという音。ばーちゃんの声はぶっきらぼうで、何でわざわざ顔も見せないような孫に挨拶しなきゃならんのか、というムードたっぷりである。こわい。 「何ね」 「赤ちゃん産むのこわい」 「知らん」 受話器からは、ツー、ツー、ツー。こわい、とかいう余地もない。いいスルーっぷりだ、私は感動する、さすが私のおばあちゃまである。知らん、かあ。マタニティブルーの眼で見る昼の空は、やっぱり青い、変化無し。たとえ私が身重でも、マタニティブルーでも、どうやら世界はそんなことには興味は無いらしい(おばちゃんがどうかは知らん)。テレビをもう一度付けて、消して、その繰り返し、考え事しながら。愛していく、ってどんなことなんでしょうね、とか、今更考えたりした。ユースケと付合ってたころは、こんなこと考える必要はなかったのになあ、とか思ったりした。青春が、何とかしてくれた。青春のバーストっぷりはちょっと半端ない。青春ってすげえなあ、とか思い返す。よくもまあ、ユースケもこんなやつと結婚してくれたものである、今更関心する。テレビを、消した、七回目、またメロドラマの再放送で、主演男優の彼は愛してるを言いきれなかった、かわいそうに。愛していく、って、そんなに大切なのかな、とか、思ったりした。 知らん、かあ。いい言葉だ。そんなことは、知りません、って、いい言葉だ。逃げかもしんないね、でも、まあ、何だ。逃げるのも、大切なんだ、きっと。知らないことは幸せ、知らないことは愚か、愚かは幸せである。でも、私はこれからユースケとどれ程の日々を過ごそうとも、愛については語れんだろうし、子供を産んでも、愛について論することはできない。しかし、愛ってなんだ。そもそも愛はスーパーでは買えないらしいが、しかし、愛、は愛、としか言い様がないだろ。 人間は生まれつき空っぽで、そこを愛が補完していくもんなんだ、ととある恋愛小説の頭の悪い主人公は言っていた。しかし、真理のようにそう語るが、いと愚かしきことである。だって、そいつは男なんだもん。 女には、生まれつき、子宮があり、卵細胞があるのだ、どうだ、おまえ、勝手に女を愛のサーバーにすんなよ、とか、小説の作者に文句を付けてみた。出版社に文句入れてやろっかな、とか思ったが、やっぱりやめた。それよりも、ひとつだけ、あいつに言っておきたいことがあったのだ。携帯電話、ユースケの番号で。 「おい、ユースケ」 「何だよいきなり」 「愛してないぞ」 「そうか、じゃあ切るぞ」 「おーう」 すっきりした。空は、まだまだ青い。マタニティ・ブルーは、たぶんあしたもあさってもずっと来る、それはきっと、ユースケ二号からの抗議に違いない、あいつは男である、きっとユースケ二号も、愛について大手を振って語るんだろう、ああうんざりだ、ちくしょー、うんざりだぞ、こんな世の中は。私は女だぞ、マタニティブルーなんだぞー、しかし、世の中はこういう、知らん。うー。どうしようもないらしい、どうやら、ユースケ二号がこれ見よがしに私の腹を蹴る。 しかし、こんな世の中でも、それなりに救いはあるらしい。 私は、ベビーベッドの野菜を、まな板に。左手包丁、右手漫画、鼻歌は80年代のポップスだけど、文句は言わせないぞ。夕方にもなってないうちに作って煮込んだら、すっげーおいしいのができるだろうなあ、おいしいカレーを食べたいぞう、とか考えながら。 下ごしらえを、始めました。

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